祈る ということ

読書

最近、「医者が学んだ 祈りの力」という本を読みました。

題名の通りですが、医者が書かれた本です。

祈りというものを客観的な事例からも書かれており、もっとも感銘を受けたものとして、「人は何のために『祈る』のか」(村上和雄、棚次正和 共著)と、「脳科学からみた『祈り』」(中野信子 著)をあげられています。

私たちは、脳細胞というのは増えることなく20歳を過ぎれば、1日10万個の割合でどんどん死んでいくと教えられてきました。

若い頃は、いつか無くなるのではないだろうか、と漠然とした不安を感じたりもしました。

しかし今では、その常識も覆され、脳を刺激さえすれば「脳を育てていく」ことができるそうです。

祈り

その脳の刺激の一つに、「祈り」があります。

そして「祈り」にも、よい祈りとそうでない祈りがあるそうです。

「よい祈り」であれば、よい物質が分泌される。

分泌されるものは、幸福感や快感をもたらすだけでなく、免疫の活動を高め、自然治癒力も強めるそうです。

そして、その「よい祈り」とは、一つには、素直な祈り。

頭を垂れ、手を合わせ、敬虔に神にもたれかかっている姿なのでしょうか。

さらには、脳科学者の中野信子氏は「私たちは、誰かを愛しく思えばこそ、その人の幸福を心から祈ることができます。

自分には大切な人、守りたい人がいて、その人にもまたそれぞれに大切な人、守りたい人がいる。

この慈悲の連帯で世界中をつなごうと願うとき、真の世界平和の祈りになっていくのではないか。」と、他者への「祈り」を述べています。

さらにもう一つ踏み込んで、村上和雄氏は、「祈り」は、自分自身への「祈り」、遠く離れた人々にたいする「祈り」、あるいは、祈られている人がそのことを知らなくても、さまざまな驚くべき効果があると言っています。

たくさんのローソクの明かり
たくさんの明かり

私の妻は、13年前に直腸癌を発症しました。

手術を受け、数年後には腰の骨への転移、のち肺への転移と続き、5年間の闘病生活ののち亡くなっていきました。

その間、私たち親子は藁へもすがる思いで、妻の快癒を願っていました。

いつも祈っていました。毎日なんどもなんども、でも私たちの願いは、叶うことはありませんでした。

しかし、大きなできごとがありました。

妻の快癒を願っていたのは、私たち家族だけではなかった、ということに気づいたことです。

私の友人や、妻の友人、子ども達の友人が快癒を願っていました。

そのとき妻の心が救われただけではなく、私たち家族の心が柔らかく包み込まれ救われたことに気づいたことです。

一人ではない。支え、祈っているのは、私たちだけではない。

そのことに気づいたことは、大きな喜びの一つとなりました。

遠く離れた人々にたいする「祈り」

2011年3月11日「東日本大震災」が発生しました。

人が、家が、車が流され、あっという間に、たくさんの人々が津波にのみ込まれ亡くなられました。

私は、その映像を何度も何度も観て、居ても立っても居られなくなり月末には、ボランティア活動へ参加するために出発しました。

そして、3月11日は、日本人にとって大きな祈りを捧げる日となりました。それからも、何度も災害が襲ってきました。

今年の千葉県を中心に大きな被害をもたらした台風15号、1か月後の関東地方を襲った台風19号。

関東地方や甲信地方、東北地方などで記録的な豪雨災害となり、甚大な被害をもたらしました。

11月7日現在で、亡くなった人は全国で90人となり、5人が行方不明となっています。

あれほど流れていた映像も、だんだんと時間の経過とともに少なくなっていき、記憶も忘却の彼方へと流されていっています。

行くことが叶わなかった、何もすることができなかった。

今、真摯な「祈り」が残されているのかもしれません。

まとめ

「医者が学んだ 祈りの力」(小松健治 著)著者が感銘を受けた二冊。感銘を受けたものとして、「人は何のために『祈る』のか」(村上和雄、棚次正和 共著)と、「脳科学からみた『祈り』」(中野信子 著)

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