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1992年の6月頃(当時35歳)、足の親指の付け根に、何となく違和感に触れるようなチリチリ、ジンジンとした痛みを感じました。
しかし、そうした違和感を感じても私自身まだまだ若く、安静にしていれば治るだろうと安易な気持ちで構えていました。
しかもビールを飲んで休む、してはならない事までして、床につきました。
明くる朝、昨日、足の親指の付け根に感じましたジンジンとした感覚から、さらにアップしたひどい痛みで目が覚めました。
痛風、発症
痛みで目が覚める。薄い布団が重く感じられ、はね除けてしまう。
そういうことは初めてでした。
その痛みは、ほんとうに痛くて、何をしていても、寝ていても、ジッとしていても、ズキズキとする痛みに変わっていきました。
足も親指の付け根あたりがパンパンに腫れて、起き上がることがなかなか出来ません。

ここらへんでやっと、というかアッという間に、自分の体に何かが起きているということを知らされました。
とにかく痛い。
足の親指をつけて歩くということは痛くて出来ませんので、発症した足の方は、踵だけをつけて歩くというようなバランスの悪い歩き方になりました。
最初は、何科を受診したらいいのかも分からず、とりあえず整形外科に行ったということを記憶しています。
レントゲンを撮り、痛み止めをもらい湿布を出していただく。
そして、安静にして様子をみる。
そのような感じで過ごしていた記憶がありますが、痛風という診断はされなかったように思います。
だから何を食べたら悪いのか、どういうことをしたら悪いのか、ということも知らないままに痛み止めを飲む、湿布薬を貼って様子をみる、という毎日を過ごしていました。
当時は、まだあまり患者さんもいなかったのかもしれません。
そして、今のようにインターネットが普及しているわけでもなく、アルコールやプリン体の入っている食事が悪いというような情報は一つも入ってきませんでした。
原因不明の突然の痛みに襲われ、その傷みは、一週間から二週間くらいでスーッと和らいでいく。
痛みが過ぎれば忘れていき、一年に一度くらい発症し、だんだんと発症頻度が増えていったような記憶があります。
ひどい痛みの時は、靴を履くことはできませんので、サンダルを履いて、整形外科で松葉杖を借りて移動していました。
ずっと安静にすることもままならず、無理をしながら、痛みを抑えながら暮らすというような状況でした。
いま思えば、総合病院へ行って血液検査をしてもらうという選択肢が、最善の方法だったのだろうと思います。

痛風の歴史
痛風は、最も古くから知られている病気の一つだそうです。
エジプトのミイラからも関節の中に尿酸塩が見つかったというニュースがありました。
また西洋史上の方では、ゲーテ、モーパッサン、ダーウイン、ニュートンなどたくさんの人が痛風で苦しんでいました。
一方、日本では、明治以前には痛風という病気はないとされています。
明治のはじめに訪れましたドイツ人の医者は、「日本には、痛風者はいない」と記録していることからも覗えます。
日本史に痛風が現れるのは、明治になってからです。
実際に増えたのは、戦後、1960年代になってからといわれています。
痛風 患者数
痛風を患っている人は、約60万人~70万人といわれています。
そして、前段階の痛風予備軍の人は約600万~650万人と推定されています。
患者・予備軍共に男女比では98%が男性で、年齢的には40歳以上の人に多く見られます。
まとめ
突然襲ってきた痛風発作への対処・病院選び
痛風患者数・男女比率・年齢
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